モルフォ蝶の鱗粉構造
オスのレテノールモルフォは,翅の鱗粉にサブ波長の構造を備えている(図1).図1(a), (b)は,光学顕微鏡を用いた翅と鱗粉1枚の拡大画像である.図1(c)は,透過型電子顕微鏡を用いて鱗粉の断面を撮影した画像であり,図書館の本棚のように構造が配列されている.この例えで説明すると,それぞれの本棚をリッジと呼び,棚1段1段をラメラと呼ぶ.ラメラの幅・厚さは,およそ300nm・100nmであり,波長よりも短い.図1(d)は,鱗粉1枚を立体化した略図であり,x-z平面にはおよそ10°の傾きがある.
Fig. 1. オスのレテノールモルフォの鱗粉構造.(a) 瓦状に配列された鱗粉.(b) 1枚の鱗粉.(c) 鱗粉の断面.(d) 鱗粉の立体構造.
モルフォ蝶の鱗粉構造の性質は,3種類の構造によって近似的に説明される.1つ目は,空気とラメラの薄膜が層を成した多層膜構造であり,青色の反射の原因である.多層膜の反射波長は,以下の式で与えられる [SM90] [JMW95] [TKF*96].

. . . (1)
ここで,n は屈折率,d は膜厚,θ は反射角度, λ は入射波長, m は整数である.添字は,それぞれラメラ(l)と空気(a)を表す.電子顕微鏡写真からわかる典型的なパラメータ(nl = 1.55, na = 1, dl = 80nm and da = 115nm)を与えると,垂直方向 (θl = θa = 0)の反射波長はλ = 480nmとなり,青色の光を示す.
2つ目の構造は,リッジの左右でラメラが互い違いに配列された構造であり,後方散乱の原因である.この構造のズレによって位相がシフトされ,光源方向に光が反射するような干渉が発生する [ZKCC09] [KZK11].
3つ目の構造は,ランダムに高さの異なるリッジ配列によって構成された回折格子である.1組のリッジが,単一のスリットであると仮定しよう.単一スリットの回折スポットは,次のように与えられる.

. . . (2)
ここで,dr はスリットの間隔,φ は反射角度である.先ほどと同様に典型的なパラメータ(λ = 480nm, dr = 550nm, m = 1)を与えると,φ = 60° の方向に回折スポットができる.しかしながら,ランダムな高さのリッジが多様な位相シフトを作り出すため,この干渉によって回折スポットは実際の鱗粉において観測されない [ZKCC09].
この3種類の構造が,モルフォ蝶の特異な主な発色原因とされている.しかし,これは近似的な解釈であり,実際の構造に対する完全な説明を与えることは難しい.従って,数値シミュレーションによる解析が必要となる.ただし,モルフォ蝶の異方発色は,図1の z 軸に沿って回転した際の x-y 平面で主に観測される.簡単のため,今回は x-y 平面における2次元のモデルを設定した.
計算モデル
構造の適切なモデル化は,光学解析において非常に重要である.先に述べた通り回折スポットは,高さの異なる多数のリッジの干渉効果によって打ち消される.つまり,もしモデル化したリッジの数が少なければ,回折スポットが計算結果に現れてしまう.しかし,多数のリッジをモデル化すると,計算量が膨大になってしまう.幸いなことに,多数のリッジによる光学効果は,平均化された単一リッジの効果に等しいことがわかっている [ZKCC09].我々はこの事実に基づき,単一の平均リッジモデルを作成する.
Fig. 2. ラメラとリッジのモデル.(a) 単一ラメラのモデル.Tn は厚さ,In はラメラの間隔. W1n, W2n, W3n は図に示す幅である.On は,リッジの幹幅である.(b) 22枚のラメラによる平均リッジモデル (左). 入射角 θ,反射角 φ は x-y 平面で定義している (右).
図1(d)で示したように多くのリッジは z 軸に沿って配列されているため,単純に x-y 平面の2次元構造をモデル化する.1枚のラメラは,図2(a)に示すようにモデル化され,先端は二次曲線によって近似される.それぞれのパラメータは,格段のラメラごとに図1(c)の透過型電子顕微鏡写真においてパラメータを抽出・平均化した.この計測値に多項式近似を用いると, n 段目のラメラのパラメータは,次式によって与えられた.

. . . (3)
ここで n = 1, 2, ..., 22 は,下から数えたラメラの段数であり,係数行列 A は以下の値となった.

. . . (4)
上記のパラメータを用いた平均リッジモデルを図2(b)に示す.図の右側では,y 軸に沿ったリッジに対して,入射角 θ と反射角 φ が定義されている.
Bibliography:
- [SM90] Smits B. E., Meyer G. W.: Newton s colors: Simulating interference phenomena in realistic image synthesis. In Proceedings Eurographics Workshop on Photosimulation, Realism and Physics in Computer Graphics (1990), Eurographics, pp. 185-194.
- [JMW95] Joannopoulos J. D., Meade R. D., Winn J. N.: Photonic Crystals: Molding the Flow of Light. Princeton University Press, 1995.
- [TKF*96] Tabata H., Kumazawa K., Funakawa M., Takimoto J., Akimoto M.: Microstructures and optical properties of scales of butterfly wings. Optical Review 3, 2 (1996), 139-145.
- [ZKCC09] Zhu D., Kinoshita S., Cai D., Cole J. B.: Investigation of structural colors in morpho butterflies using the nonstandard-finite-difference time-domain method: Effects of alternately stacked shelves and ridge density. Physical Review E, 80 (2009), 051924.
- [KZK11] Kambe M., Zhu D., Kinoshita S.: Origin of retroreflection from a wing of the morpho butterfly. Journal of the Physical Society of Japan 80, 5 (2011), 054801.
Copyright (C) 2011 Naoki Okada, All Rights Reserved.